2011年3月18日金曜日

街中の山 (アイマス1時間SS参加作)

テーマ:「春の兆し」「月明かり」

中天よりも陽が暫く西に動いた頃、道端に咲く菜の花を一輪見つけた。
ふと思い至ればもう三月も半ばを過ぎ、そろそろ有彩の花が目立ってきてもおかしくない。
だが、和らいできたとはいえまだ上着無くしての外出もままならないので、目に飛び込んできた黄色い花にひどく物珍しさを覚えた。

「貴音、あそこ見てみろ。 もうすぐ春なんだなぁ」

雑誌の取材からレコーディングと仕事の合間の移動時間に見つけた、小さな喜びを共有すべく、三歩後ろを歩く当人に声をかける。
きょとんとした目線を指の先から延ばし、綻んでいく頬。
これを見るのが最近の楽しみになっている。

「仲間はおらずとも、健気に咲くものですね。 残念ながら、ここから山は見えませんが」

飛躍する話は彼女のクセのようなもので、思考の経路を抜き、結果だけで感想を告げてくる。
始めのうちはそのクセに大いに戸惑い、意味を尋ねる事が何度もあった。
今では、その経路を解きほぐし、同じものを見られるように心がけている。

「朧月夜、か。 でも、あの辺のビルだって、山みたいなもんだって思えばいいさ。 ちょっと空は狭いし、叙情的でもないけど」

「あなた様ならそうおっしゃるだろうと、思っておりました」

そして彼女はといえば、俺の思考を先読みすることを楽しみにしているようだった。
ころころと鈴のように笑う声が心地よく、お互いについての理解を深めている感覚が胸を満たす。

「さて、そしたら急いでスタジオに向かおうか」

ふと思い至ったことがあったので、俺も真似をしてみることにする。
どうやら自分に降りかかることは予想できていなかったようで、あわてて時計を確認して頭に疑問符を浮かべていた。

「確かに余裕はそう多くありませんが、何故でしょう? 特に、遅れてはいないように思いますが」

この時の俺の顔を表現するなら、「ほくそ笑んでいた」が正しいところだろう。
その証拠に、貴音の顔には悪巧みをいぶかしむような警戒の色があった。
なんでそんな顔になったかというと、読み勝ちという珍しい事態についてももちろんあるが、その理由を察した時、きっと喜んでくれると思ったからだ。
スタジオの出口は東向きで、今から急いでキッチリ仕事をこなせば、ビルの陰からひょっこりと月が顔を出す時簡に丁度ご対面できる。

願わくば、春風の吹かん事を。

1 件のコメント:

  1. コメントにて。 投稿時間は22:48(自PCでは)だったんですが、なぜか50分の遅れ。 うにゃうにゃ。

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